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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)5045号 判決 1960年9月26日

原告 滝川利正

被告 国

訴訟代理人 杉内信義 外一名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立および主張は別紙記載のとおりである。

立証として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし一〇号証(甲第一、四、六号証は写)を提出し、証人高瀬孝の証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)ならびに鑑定の結果を援用し、乙第一、二、三号証の成立を認め、被告指定代理人は乙第一、二、三号証を提出し、証人安積廉、同藤方正義、同長嶋直行の各証言を援用し、甲第一ないし四号証、第六、九、一〇号証の成立(甲第一、四、六号証は原本の存在とも)を認め、その余の甲号各証は不知と述べた。

理由

一、原告が昭和三一年一一月一日訴外合資会社養老館に対し、東京法務局所属公証人戸村軍際作成第四五二〇号金銭消費貸借公正証書により、金三三六、〇〇〇円を利息年一割八分、弁済期同月三〇日、期限後の損害金年三割六分の約束で貸付けたところ、同会社が弁済しなかつたので、右公正証書に基き昭和三二年一二月六日千葉地方裁判所執行吏桜井正雄に対し、前記会社所有の有体動産に対する強制執行を委任し、同執行吏の代理訴外安積廉が右執行吏の職務を代行して、昭和三三年二月一五日右会社の営業所において、同会社所有の別紙物件目録記載の有体動産を差押え、同年五月二九日その競売手続を施行したことは当事者間に争がない。

二、ところで原告は、右競売手続における執行吏代理安積廉の不法行為により損害を蒙つたと主張するので判断するに、

右競売期日に原告および前記会社の社員高瀬孝のほか、訴外藤方正義、長嶋直行、梅津正明、小川愛蔵、中沢亀男、斉藤隆治、大和田憲司が出頭したことは当事者間に争なく、右のうち原告と高瀬および大和田を除いた者がいずれも千葉地方裁判所の競売事件にしばしば競買人として参加したことのあるいわゆる常連競買人であることは証人安積廉、同藤方正義の各証言によつて認められる。しかしながら、本件競売に関し右競売参加人らが競売物件の価格について不正な談合をしたことおよび安積執行吏代理がかゝる談合が行なわれていることを認識のうえ競売を施行したとの主張については、同主張に副う成立に争のない甲第一号証および原告本人尋問の結果(第一回)は後記判示のとおり本件競売における競落価格が必ずしも不当に廉価とはいえないことおよび証人安積廉、同藤方正義、同長嶋直行らの各証言に照らし措信し難く、その他これを認めるに足る証拠がない。

三、次に前記一冒頭の争ない事実、成立に争のない甲第三、四号証(甲第四号証は原本の存在についても争がない)証人安積廉、同藤方正義、同長嶋直行の各証言、および原告本人尋問の結果(第一回、但し後記措信しない点を除く)を綜合すると、原告は訴外合資会社養老館の有限責任社員で、且つ前記のとおり同会社に対し公正証書により金三三六、〇〇〇円を貸付けていたところ、同会社が元利金とも弁済しないのでその取立に苦慮し、また一方同会社は原告以外からも多額の債務を負担していたが、資産としては別紙物件目録記載の寝具類等旅館営業上必要な動産のほかみるべきものがなかつたため、これに対し他の債権者から執行を受けるときは同会社の営業継続が困難となり、ひいては原告の債権回収も不可能となるので、原告は前記公正証書により右動産に対する強制執行を申立て、自から競落のうえ、これをそのまま同会社に使用させることにより、原告の債権の確保と右動産に対する他の債権者からの執行を排除しようと考え、前示のとおり強制執行を申立て、前示のとおり右動産に対する差押および競売が施行された。ところで原告は、同競売期日に執行債権者である原告が競買人を連れて行かない限りこれに参加するものはなく、したがつて競売は原告の意図するとおりに運べるものと予測していたところ、同期日に執行吏代理安積廉と連れだつて前示のとおり常連競買人らが集つたので、止むを得ずこれらと競買することとなつたが、当日用意した現金が一〇〇、〇〇〇円余りであつたため、期日の開始に先だち、安積執行吏代理に対し、競落代金と執行債権との相殺または立保証による競落の許可を申出た。しかし同執行吏代理は、動産競売において競落物件の引渡は代金と引換にこれをなし、競落人は競売期日の終了する前に代金の支払をして物の引渡を受けるべきである、として原告の右各申出を拒絶し、競売期日を開始した。このように競売が原告にとつて全く予想しなかつた状況で開始され、かつ執行吏代理による右申出の拒絶などで、原告が競落できる見込が少くなり、また現に競売開始の当初競売に参加したが競落できなかつたため、原告は右安積や他の競売参加人らと感情的に対立するに至り、同日の競売を中止し後日改めて競売しようと考え、競売の開始後まもなく右安積に対し口頭で競売の中止を申出で、かつ前記高瀬を連れて競売の場所から退場のうえ、原告において、本件強制執行は執行債権者が延期を承認した旨を記載した書面(甲第四号証)を作成し、これを右高瀬を通じ安積執行吏代理に提出した。そこで安積は原告に右書面の趣旨の説明を求めたところ、原告は執行債権者が債務者に対し義務履行の猶予を承諾した旨を記載した書面であるからその提出により強制執行は当然停止さるべきであると主張したが、債務の弁済を猶予したとは述べなかつたので安積は原告に対し右書面はその主張の書面には該らないし、また期日延期の申出をする趣旨ならば適式な書面を提出すべき旨を告げた。そこで両者間に口論がなされたが、原告から他に書面の提出もされなかつたので、右安積は競売をそのまま続行し、これを終了した事実が認められる。以上の認定に反する甲第一号証および証人高瀬孝の証言ならびに原告本人尋問の結果(第一回)は前掲各証に照らし措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

しかして、原告において安積執行吏代理の不法行為の事由として主張する、債権者である原告が強制執行の延期を申立て、それが何ら不相当でないのに執行を中止しなかつたとの事実および債務者である前記会社から債権者が義務履行の猶予を承諾した書面が提出されたのに執行を停止しなかつたとの事実は、前示の口頭による執行中止の申出および甲第四号証の書面の提出を指すものと解せられるところ、右執行中止の申出は、前示のとおり、既に競売期日が開始されて一部の物件は競落され、その余の物件につき競売進行中、右競売が原告の専恣な意図に反し、自己の希望どおり競落できそうにないところから急遽申立てられたもので、競買人間に原告主張の如き談合のなされたことから申立てられたものとは認められないのであるから、かゝる状況のもとで右執行を中止することは、執行債権者に競売手続の進行につき恣意的な関与を許すこととなつて著しく不相当というべく、したがつて執行中止の手続をとらなかつた右執行吏代理の行為に違法の点はない。また前記高瀬から安積に対し提出された甲第四号証の書面はその記載自体から明らかなとおり、執行債権者が執行の延期を承諾した旨の記載しかなく、原告は右安積から説明を求められたのに対し、これは民事訴訟法第五五〇条第四号後段に規定する書面であると主張はしたが、執行債権の弁済を猶予した旨の説明をしなかつたのであるから、右安積においてこれを原告主張の書面として取扱わなかつたことについては別段違法なところがない。また同書証の提出は、その記載内容からすればこれを競売期日の変更申請と解すべきものであるが、既に競売期日が開始された以後において競売期日の変更申請がなされた場合には、たといそれが執行権者と執行債務者の合意によりなされたものであつても、執行吏において、職権進行主義のたてまえから、他の競売参加人の利害等を考慮のうえ、既に進行中の執行手続を中止して同期日を変更するのが相当と認められた場合にはじめて期日変更の手続をとるべきで、本件において、原告らの右申出を採用すべきでなかつたことは前示のところから明らかであるから、結局右安積が右書面を競売期日変更申請と解しなかつた結果、競売期日を続行したとしてもそのことが違法であるとはいえない。

四、また原告は右安積の不法行為の事由として、右競売手続中に執行委任を取下げたのに執行を続行した旨主張し、甲第一号証および原告本人尋問の結果(第一回)によると、前示のとおり右競売に際し原告と右安積との間に感情的な対立が生じ種々論争がなされ、その間に原告が右安積に対し委任を取消す旨告げたことが認められるが、前後の情況から、それは一時の昂奮に駆られて口走つたもので真意でなしたものでないことが窺われ、他に右主張を認めるに足りる適確な証拠はない。

五、更に原告は右安積が競売物件の価格決定に際し極度に不当な裁量をした旨主張するので判断するに、本件強制競売手続において差押のなされた物件が別紙物件目録記載のとおりで、競売に附された物件がそのうち電気冷蔵庫を除いた各物件であることは当事者間に争なく、右差押に際し執行吏代理安積廉の評価した差押物件の見積価格およびこれら物件の競落価格が右目録下段記載のとおりであることは成立に争のない甲第二、三号証によつて認められ、また右差押物件の競売当時における実価は必ずしも明らかでないが、証人安積廉の証言および鑑定人大塚喜弘の鑑定結果によると前記見積価格と大差のないことが認められる。証人高瀬孝の証言によつて真正に成立したと認められる甲第七、八号証によると、右物件のうち布団類の購入価格が相当に高価であつたことが窺えるが、旅館営業に使用されていた寝具類の転売価格が購入価格に比し相当低廉となることは明らかで、これら証拠は前示認定と相容れないものではなく、また右認定に反する証人高瀬孝の証言および原告本人尋問の結果(第一、二回)は措信し得ないし、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

ところで、執行吏は有体動産の強制競売手続を施行するに際し、差押物件の価格につき職権をもつて充分調査のうえ評価し、これを見積価格として差押調書に記載すべく、そして差押調書に記載された見積価格は競買人らの競落価格の目安ともなるのであるから、それが差押物件の実際の価格より著しく低廉であるとき、競売手続が違法となると解せられるが、本件競売手続において、前記安積執行吏代理の評価した差押物件の見積価格が同物件の実価と大差のないことは前示認定のとおりであるから、この点につき安積執行吏代理の所為に違法はない。

また有体動産の強制競売における競売価格は、特別条件の定めのないかぎり、最高競買人の申出価格によつて決定されるものであつて、その申出価格が極度に廉価の場合、執行吏はその競売を許さないことができると解せられるが、如何なる場合かゝる措置をとるべきかは、執行吏が競売の諸情況に応じ自由な裁量により決定すべきで、本件競売において競売物件の見積価格が六三、九〇〇円のものを三八、四〇〇円で競売したことは多少廉価に競売されたと思われないでもないが、競売において見積価格どおりに競売されることの少ないのは周知のところで、本件競売が総じて極度に廉価であつたとはいえないし、前示の価格で競落を許した安積執行吏代理の所為に裁量の範囲を逸脱したところはない。

六、以上の認定のとおり執行吏代理安積廉の所為に原告主張の如き違法な取扱があつたとは認められないので、同人の不法行為を原因とする本訴第一次的請求および第二次的請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも失当で棄却を免れない。

よつて民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 江尻美雄一 野口喜蔵)

原告の申立ならびに主張

第一、請求の趣旨

被告は原告に対し三四一、七五五円およびこれに対する昭和三三年七月一八日(訴状送達の翌日)から完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、請求の原因

一、第一次の請求(不法行為に基ずく損害賠償請求)。

(一) 原告は昭和三二年一一月一日訴外合資会社養老館に対し、東京法務局所属公証人戸村軍際作成の第四五二〇号金銭消費貸借公正証書により、金三三六、〇〇〇円を利息年一割八分、弁済期同月三〇日、期限後の損害金年三割六分の約束で貸付けたところ、同会社が弁済をしなかつたので、同年一二月六日千葉地方裁判所執行吏桜井正雄に対し、右公正証書により前記会社の有体動産について強制執行をなすよう委任した。右執行吏は執行吏代理安積廉にその職務を代行せしめ、右安積は昭和三三年二月一五日千葉県夷隅郡大多喜町葛藤字上川七番地前記会社の営業所において別紙物件目録記載の各物件を差押え、同年五月二九日その競売手続を施行した。

(二) ところで右執行吏代理安積は右競売手続に関し次のような違法行為を行つた。

(1)  競落人が談合し競売物件の公正な価格の害されるのが明らかであつたのに敢て競売手続を行つた。

右競売期日には原告および債務者会社の社員高瀬孝のほか藤方正義、長島直行、梅津正明、小川愛蔵、中沢亀男、斎藤隆治、大和田憲司が出頭し、右藤方正義ほか六名が競落価格について談合し、競売物件の公正な価格が害されることが明らかな状況にあり、右安積はこれを認識していたのに拘らず競売手続を行い、その結果競売の公正な価格を害した。

(2)  債権者である原告が強制執行の延期を申出、その申立が何ら不相当でないのに執行を中止しなかつた。

強制執行は一般に債権者の利益実現を目的とし執行の範囲や追行の限度は債権者に任かされているものであるから、債権者のこれに関する適法な指図または申出があれば、執行吏はこれを遵守すべきであり、執行吏執行手続規則第一八条も「執行吏は債権者の申出があるときは、執行を中止しなければならない。但し、その申出が著しく不相当であると認めるときは、この限りでない」と規定している。ところで本件競売に際し、原告が、前記(1) の談合等の事情に鑑み執行の延期を申出たにも拘らず安積廉はこの申出に応ぜず競売を続行し、終了した。

(3)  債権者である原告が執行の委任を取下げたのに執行を行つた。

原告は右安積が原告の前記(2) の競売延期の申出を容れず意に反して執行を継続しようとしたので止むなく執行委任を取下げる旨を口頭で右安積に告げたが同人はその後も継続して執行手続を行つた。

(4)  債務者である訴外会社から、債権者が義務履行の猶予を承諾した旨の書面の提出があつたのに執行をした。

訴外会社の社員高瀬孝は債権者である原告から義務の履行を猶予する旨の意思表示を得てこれを書面にし、これを前記執行中の安積に提出して執行の停止を求めたところ、右安積はこれにより民事訴訟法第五五〇条に基き執行を停止すべきであつたのに執行を行つた。

(5)  競売物件の価格に関し極度に不当な裁量をしたこと。一般に競売価格を幾ら以上とするかは執行吏の裁量権限に属するが、その裁量が極度に不当であるときは、執行吏が当然遵守すべき義務に違反し、その行為は違法であると解すべきである。ところで本件競売物件(別紙目録記載の物件のうち電気冷蔵庫を除いた物件)の価格は総計して約四五〇、〇〇〇円であるのに右安積はこれを僅か三八、四〇〇円で競売したのでその違法なることは当然である。

(三) 右安積の不法行為により原告の蒙つた損害

原告は本件競売期日当時前記会社に対し、前記公正証書による貸付元金三三六、〇〇〇円、昭和三二年一一月二日以降同月三〇日までの利息四、八〇五円同年一二月一日以降翌三三年五月二八日までの遅延損害金五九、三二〇円合計四〇〇、一二五円の債権を有し、一方本件競売物件は約四五〇、〇〇〇円の価格のものであつたので、正当な競売手続により競売が施行されたならば間違なく右債権全額の弁済を受けることができる筈であつたところ、前記安積の違法な執行により僅か三八、四〇〇円で競売され、これにより原告の弁済を受けたのは三五、八〇一円に過ぎない。ところで右競売物件は前記会社の有する唯一の資産であつたので、原告は右強制執行によつて弁済を受けられなかつた残債権については同会社に再び請求してもその効果はなく、全く無価値となつて了つた。従つて原告は右安積の不法な執行により金三六四、三二四円の損害を蒙つたものである。

(四) 被告国の責任

右安積は執行吏桜井正雄の代理として前記のとおり違法な執行を行ない、その結果原告に前記のとおりの損害を与えたのであるが、いわゆる執行吏代理は、その資格において執行に関与する限り公権力の行使に当る公務員というべく、したがつて同人の不法行為によつて生じた損害は被告国において賠償すべきものである。

二、予備的請求(債権者代位権に基づく請求)。

仮りに前記一の主張が認められないときは、予備的に次のとおり請求する。

(一) 原告は前記会社に対し前記一の(三)記載のとおり三六四、三二四円の債権を有している。

(二) 前記会社は前記一の(二)記載の執行吏代理安積の不法行為により、その所有時価四五〇、〇〇〇円の別紙目録記載の動産(但電気冷蔵庫を除く)を金三八、四〇〇円で競売され、その結果四一一、六〇〇円の損害を蒙つた。

(三) したがつて右会社は前記一の(四)記載のとおり被告国に対し右安積の不法行為によつて受けた損害の賠償請求権を有するところ、同会社は無資力なので、原告は前記(一)記載の請求権保全のため、同会社に代位して、同会社の被告国に対する右損害賠償請求権を原告の同会社に対する債権の範囲内で行使する。

被告の答弁ならびに主張

第一、請求趣旨に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求原因に対する答弁

一、第一次の請求に対する答弁

(一)の事実は認める。

(二)の(1) の事実のうち競売期日に主張の者が出頭したことは認める。

不正な談合が行なわれ、執行吏代理安積がこれを知つていたことおよび競売の公正な価格が害されたことは否認する。

(2) の事実のうち、原告から競売の延期の申出があつたことは否認する。執行吏の義務に関する主張は争はない。

(3) の執行委任の取下の申出があつたとの主張は否認する。その余の事実は争はない。

(4) の執行中止の申立のあつたとの主張は否認する。その余の事実は争はない。

(5) の事実のうち別紙目録記載の物件(但し電気冷蔵庫を除く)が三八、四〇〇円で競落された点は認めるが該競売物件の価格が四五、〇〇〇円であつたとの点は否認する。競落価格について右安積が極度に不当な裁量をしたとの主張は争う。

(三)の主張のうち原告の訴外会社に対する主張のような債権の存在したことは認めるがその余の事実は争う。

(四)の主張のうち国家賠償法の解釈については争はないが本件につき被告国に損害賠償責任のある点は前記のとおり否認する。

二、予備的請求に対する答弁

(一)の事実は認める。

(二)の事実のうち、競売物件および競売価格の点は認めるがその余の事実は否認する。

(三)の事実のうち被告が訴外会社に損害賠償責任のある点は否認その余の点は不知。

第三、被告の主張

原告の主張はことさらに事実を歪曲したものである。

原告は訴外会社の有限責任社員であるとともに同会社の債権者でもあつたのであるが、そのことからか、本件競売事件は、原告が執行吏に委任してから、原告の申出にもとづき競売期日の延期が繰返された後原告から競売続行申請があり、それによつて本件競売期日が開始されるに至つたものである。期日の開始にあたつて、原告は執行吏に対し、執行債権と競落代金を相殺させよとか、その他不適法ないし不相当な方法による競落を許してほしい趣旨の申出をしたが、執行吏がこれらの申出を拒絶し順次差押物件を競売に付することとした。この競売には当初原告および執行債務者会社の社員高瀬孝も参加したが、同人等の申出価格が他の競買人の申出価格より低かつたので一点だに競落することができなかつた。その故か原告は競売の途中突然競売現場から右高瀬を連れて退場し、やゝあつて高瀬から執行吏に「証書」と題する書面(甲四号証)が提出された。執行吏はその趣旨が明瞭でなかつたので原告にその説明を求めたところ、原告が義務履行の猶予を承諾した書面であるから競売は延期できる筈である旨述べたので、右文面および説明を勘案し右書面提出の真意が競売期日の延期にあると判断し、原告に適式の延期申請(執行吏執行等手続規則第三八条)をするよう促したが、原告はこれに応ずる色がなかつたので、やむなく競売を続行し完結したのである。

なお原告の主張する執行中止の申出とは右書面の提出の事実を指すものと思はれるが、これが執行中止の申出であれ、また競売期日変更の申出であれ、その申出は著しく不相当であると認むべきである。蓋し右申出は、既に競売期日が開始されて、一部の物件は既に競落され、爾余の物件について競売が進行している段階において、それまで競買人として参加していた原告が自己の意のごとくならないところから急遽とつた措置だからである。したがつてその申出を執行吏が許さなかつたのは適法かつ妥当な措置と云うべきである。

又原告は競落価格が極めて不当に廉価であつたと主張するが、自ら競売に参加した際の申出価格は競落価格より低かつたのであるから、今更競落価格の違法不当を主張するのもいささか不可解であるといわなければならない。

以上これを要するに本件競売の実施にあたつた執行吏代理安積廉の行為には何等違法の点なく、従つて被告国は原告に対してもまた前記会社に対しても何等の損害賠償義務がない。

物件目録<省略>

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